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10年後に私たちは何をしているのか

10年後に私たちは何をしているのか

今話題のAIが洗練され、人の手による仕事がロボットに置き換わるとどうなるのか。今回はその辺りについて考えてみました。

目次

今と過去、そして未来

最初に、今の私たちの生活を見てみましょう。

私たちが生活をする上で、パソコンやスマートフォンは当たり前の存在になりました。友人と連絡を取る、本を読む、買い物、暇つぶし、地図。学生であれば課題で必須のツールです。ゲーム、映画、音楽など娯楽目的で使っても非常に便利です。

もし社会人であれば、どんな仕事をしていても、どこかでコンピューターに触れることは当たり前になっています。オフィスには自分用のパソコンが設置され、工場では自動工作機械があり、スーパーやコンビニではPOSシステムが会計データの集計を行い、在庫の管理も専用端末で行います。

生活をしていれば個人の得手・不得手に関わらず、ほぼ間違いなくコンピューターを使う機会があるはずです。その結果、今までは物理的に扱う必要のあったものがデータ化され、情報を一瞬で共有できるようになり、必要なデータは保管・参照でき、人力で面倒な作業も簡略化できるようになってきました。

どうしてそうなったのか。便利で確実、そして合理的だからです。

生活においても変化は着実に現れていて、20世紀から21世紀にかけてパソコンが一気に普及し、あわせて携帯電話がガラケーからスマホへと変化し、誰もがインターネットに繋がる端末を持つ時代になりました。2000年過ぎる辺りまではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌からニュースやコンテンツを得ていましたが、最近はパソコンやスマホから得ることの方が圧倒的に多くなりました。手軽で嵩張らず、コンテンツもリーズナブル(もしくは無料)なため非常に便利です。

今となってみては必然的な流れだったようにすら思いますが、10年前、20年前を思い返してみると、いかに急激に変化してきたかが分かります。15年前にスマホがここまで普及するなんて、ほとんどの方が想像できなかったのではないでしょうか。

したがって、次の10年、20年を想像することも非常に難しいはずです。今から今後どんなものが広がっていき、私たちの生活に変化をもたらすのか。

そんなことを考える中で、最近注目を浴びているのがAI(人工知能)の実用化です。実用化に向けた試験は着実に進んでおり、今まで人の手ですることが当たり前だった仕事をロボットが行う(処理する)ようになり、多くの仕事に大きな変化を与えそう。ここまでのことは多くの人が想像しているはずです。僕自身もその1人。

例えば車の自動運転、配送ドローンはその代表例です。これからドンドン実用化が進めばタクシーや運送、宅配の大部分は自動化されることになります。人件費がかからないため料金も下がり、さらに事故リスクは下がって24時間動き続けるという、便利過ぎて今以上に手放せなくなるサービスとなっていきそうです。これ以外にも、多くの場所でロボットによるオートメーション化が進むのは明確で、結果として今は人が地道に行っている作業はロボットの手に置き換えられていくはずです。

ロボットの存在が自分たちにどう影響するか

以上のことが実際に利用できたら、生活はめちゃくちゃ便利になります。しかし、これからロボットが仕事をこなす話しをすると、「自分の仕事がロボットに奪われる」というネガティブなイメージを思い浮かべる方も少なくないようです。でも事実そうなるでしょう。

対するポジティブなイメージは、ロボットは人をサポートする協力的な存在であるということ。仕事でも生活でもロボットが自分をサポートしてくれる。その結果、今まで出来なかったことが出来るようになったり、効率的に作業をこなすことができ、自分の自由に使える時間も増えていく。その時間を使うことで、新しく何かが生まれるかもしれません。

どちらのイメージを持つことも自由ですし、そこに良い・悪いはありません。予め断っておきます。

メダロットのようなパートナー

僕自身は、かなりポジティブ寄りです。

突然ですが、「メダロット」をご存知でしょうか。僕が小・中学生のときに流行っていたロボットの少年漫画で、主人公と「メダロット」というロボットがパートナーを組み、他の人のメダロットと闘っていくお話しです。簡単に言うとポケモンのロボット版。メダロットは感情も持っていて、主人公とは喧嘩をしたり、いたずらもしたり、ときには家出をすることすらありました。一緒に過ごすうちにパートナーとしての絆も深まり、多くのライバルとの闘いも乗り越えていく。よくある少年漫画のようですが、僕のイメージはこれに非常に近いです。闘う部分は置いといて、AIが洗練されていくとメダロットに近づいていくんじゃないかと思います。

ここまでくると、もはや改めて「ロボット」と意識する必要もなく、気がついたら自然と一緒にいて、色々なシーンでお互いを力強くサポートする。ロボットが自分と人格を共有しようが、自立していようが、そこはあまり重要ではありません。ロボットと共存することで、人が得意とする部分が改めて見えてきたり、さらに気づくことでその部分をより伸ばせるになるでしょう。

その先に見えるのは、合理化され過ぎた無機質に均一化された世界というよりも、合理化された上により大きく広がる多様性です。仕事の方法が変われば、今までの常識のような決まった時間に会社へ通うことも無くなりますし、そもそも仕事をすること自体が当たり前ではなくなるかもしれません。ずっと遊ぶ人も、四六時中スポーツに明け暮れる人も増えるはずです。目標がある人はそこへ突き進んでいく。逆に、今特にやりたいこともないなーって人は遊ぶことに熱中する。

それでも、人による専門性が必要なことはまだしばらく残ると思います。分かりやすい例は文章を書くとか、プログラム書いたり、物理的にモノを作ること。これらの専門性は、ロボットのサポートによってより磨きがかかるのではないでしょうか。

さらに技術が進んでいくとロボットがロボットを治し、さらには作ることも考えられます。映画みたいな話しです。でも、今考えると「そこまで行くかな?」ということも、数十年も経過すると案外すんなりと私たちの生活に溶け込んでいるものなのだと思います。

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